私らしく生きたい!の「私らしく」がわからないけど、とにかく一歩を踏みだす

無性に、まわりの人がキラキラみえてしまう、ネガの阿智(@achi_a2)です。

まわりがキラキラみえるっていうか、裏を返せば、自分がモーレツにくすんでみえるというかね。

私は2013年に会社をやめて、2014年あたりから在宅で仕事をするようになりました。

通勤時間もなくなったし、子どもたちの急病による「今日、会社やすみます」だとか、突然の残業による「お義母さん、今日、帰れません!!」のストレスからも解放されて、自由に私らしく生きていけると思ってたんですよね。

でも予想に反して、なんかこう、自分について考える時間が急激に増えまして

考えはじめると「自由に私らしく」がそもそもわからなくなってくる。そして冒頭にいったように、周りが妙にキラキラしてみえるんです。

 

まぁね、こんなこと考えてないで、働けよってことなんです。ほんとそう思うんですけど。

でもその思考におちいると、動けなくなってしまって、あぁ私って、私ってってなる。

とか言いながら、もう2016年ですから、ほんといい加減にしろよって我ながら思います。

「ブログで人生が変えられる」とかいう人

その日も、うだうだとネガ思考になりながら、救われたい〜誰か救ってくれ〜という他力本願丸出しでネット界隈をさまよっていました。

検索ワードなんだったんだろう。覚えてないや。

そうこうしているうちにあるブログにたどりつきまして。

http://www.ttcbn.net/no_second_life/archives/43274

かなり衝撃でした。

何が衝撃って、このブログ『No Second Life』の管理人である立花岳志(たちばな たけし)氏の劇的ビフォーアフター。

立花氏の画像をここに貼るのもなんなので、上記のリンクをたどっていっていただければ、その意味がわかると思う。

ただ痩せただけじゃなくて、その目とか表情がもう別人なの。人ってその存在に自信をもって、自分の人生をおくることができるんだ。こんなに変わるんだ。

で、その劇的ビフォーアフターをとげた人がいうんです。

「人生はわりと簡単に変えられる」

自分の人生に不満をつのらせて、自暴自棄におちいった管理人が、ブログをはじめたことで自分の人生を好転させていくというサクセスストーリー。

なんだけど、そこは本とか映画じゃなくて、ブログだから余計にリアルに伝わってきた。

ノマドワーカーという生き方

実は、本も出版しているほどの有名なブロガーさんでした。

2008年にブログを立ち上げ、3年後には月間100万PVを突破。以降はブロガーをしながら、セミナーの開催や書籍出版など、作家としても活躍しているという経歴。

早速、著書『ノマドワーカーという生き方』を取り寄せて読んでみました。

タイトルをみると、ノマドワーカー、つまりオフィスを持たず自由なスタイルではたらく人たちの生態が描かれたもののようにみえます。

もちろんそこも存分に触れられていますが。

でも特に心を動かされたのは、著者が苦境からいかにして人生を好転させたかというところ。

私がブログをはじめたのは、子育ての経験を伝えられたらいいなという思いからでしたが、実はもう1つ大きなミッションがあります。 それは「自分を...

「ブログで人生を劇的に変化させるぞ」って決める前と後とのその違い。努力や覚悟。生活をひとつひとつ見直して、自分を変えるツールとしてブログを使う。

そのストイックさには、もともとできる人だったんじゃない?っていう思いもよぎるけど、「あの人だからできたんだ」っていう思考は、本当に良くないよね。

変わるんだ、変えられるんだって、そこをしっかり受けとらなきゃ。

立花岳志セミナーに参加した

そうして先日、なんと立花さんのセミナーに参加することができました!

私が住んでいるのはなかなかの田舎町です。東京や都会ならそういう機会は多いんでしょうが、ここではかなり希少なこと。

もちろん田園風景が広がるこの町で開催されたわけではありませんが、車で2時間ほど走れば、立花さんのセミナーに参加できるとか、すごいことです。

ブログも本も読んだけど、同じ空間でお話が聞いてみたい!(なんの信者や)

とある日曜日、早朝に家を出発して、その日はがっつりと立花さんの講演会を堪能することができました。

自己肯定感と自己否定

午前と午後をとおして行われたセミナーでしたが、中でも「自己肯定感と自己否定」に関するお話には、なんかいろいろえぐられて痛い思いもしました。

成功しても幸せじゃない人の話

自己信頼感は、何かを成しとげたときに「私はできる」という自信が高まること。

一方、自己否定っていうのは「私はダメだ」っていう、自信がない状態のこと。

とても成功して、自己信頼感もものすごく高まって、胸をはって生きているような人でも、その根底に根強くある自己否定に向き合わないと、幸せを感じることができない。

例えば、豊かになりたいという目標を達成して自己信頼感を高めた人も、もっと豊かな人を見れば「自分にはまだ足りない」と思ってしまう。

そうすると自己信頼感はすぐに崩れて、息を潜めていた自己否定が噴出してしまう。自分なんてダメだと思ってしまう。

自分に自信を持つことは大切だけど、自己否定を解決することに目を向けなければいけないと。

 

自己肯定感も低めだけど、自己否定については自信あるなぁ。(その自信いらん)

この内容に関しては、備忘録として別途まとめておこう。

人生を変えるのは「行動」でしかない

セミナーで印象的だったのは、以下の言葉でした。(要約してます)

休日にお金と時間を使ってこんなセミナーを聞きにくる人たちは「自分が何者なのか」と問いを立ててしまった人だ。多くの人はそれを考えずに生きている。 この問いに気づくと辛い。でももうそれ以前の自分には戻れないから進むしかない。

(引用・要約:立花岳志セミナーより)

「私ってどう生きたいの?」「私って何がしたいの?」そんな「私って」を考えだすと、本当にいかに自分が何も考えずに生きてきたかってことがわかるんですね。

いや、それなりにさ頑張って人生歩んできたつもりだけど、これから自分の人生をどう歩んで生きたいかっていうと、あまり見えてない。

辛い。

でもそこを考えずに生きるってのも、もはやできないし。

そうか、これは『進むしかない』んだなぁ。

立花さんのブログでもあった「人生を変えるのは行動でしかない」って。

私はどうも、頭でばっかり考えて、上手くやろうとして、失敗しないようにいこうとして、それでなかなか進めなくて、ずっと同じところで悩んでる。

違うんだ。頭で考えて、足で歩かなきゃいけないんだな。どこに向かえばいいかわからないけど、とにかく一歩、踏み出さねば。

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