好きなことをやって生きていこう、とか言うけど結局のところみんな頑張ってる

「好きなことをやって生きていこう」

みたいなワードが巷にはびこりだしたのはいつからだろう。一説によると、東日本大震災以降ってのを聞いたことがあります。

あの未曾有の大惨事で、人はいつどうなってしまうかわからないって多くの日本人がそれに気づいたっていう。

それまでの日本人のイメージっていうと、勤勉で勤労でっていうまさにそれでした。

働く環境や待遇に不満を抱えてたとしてもそんなものみんなが当たり前に抱えてるものだから、敢えて声をあげるものではないっていう、暗黙の了解みたいなのがあったり。

それは今も根強く残ってたりするかな。

ただここ数年は「お前らおかしいぞ!」って唱える人が出てきて、そんな中で「これはおかしい!」って立ち上がる人がいて、そういう類のビジネス本がめっちゃ売れてて。

自由に生きる人たち

わたしも会社づとめをやめてから、これからどうしたらいいんだろうって自分の生き方を模索するようになって、ビジネス本もいっぱい読んだ。

自己啓発系のセミナーにも行ったし、スピリチュアル的なものも行ったし。まさに暗中模索。これからどう生きたらいいかわからなくて手探りしてた

ひょんなことからネット界隈で生きるようになったのだけど、びっくり、そこには「自由に生きる人たち」がいっぱいいたんですよね。

わたしもどちらかというと、既成概念にとらわれないようなタイプではあったけど、なんかそこにいる人たちは突き抜けてた。

Macが1台あればどこでも仕事ができちゃう。田舎に移り住んでても、国内や海外でも

その上、収入はたっぷりとあって、月に数百万とか稼いじゃう。だけどいわゆる「社長」っていうのとはまた違って、なんだか自分のペースで生きてる自由さっていうの。

見る人がみれば、胡散臭いしそんな生き方できるのなんて一握りでしょうなんて思うのかもしれないけれど。

でもね、そういう「生き方」に触れてるだけで、ちょっと自分もいけそうな気がしちゃうんですよね、それがなんか楽しい。

結局のところ努力は必要

「わたしもこんな風に生きたい!」ってやってきたんだけど、わかったのですよ。

「好きなことをやって生きていくは、楽に手に入るものではない」と。

まぁもちろん楽に手に入るとは思ってませんでしたけどね。でも、それなりに志もっていればいけるんちゃう?と思ってた。

でもね、結局のところ、自由に生きるためにみんなちゃんと「努力」してるんです。彼らがそれを努力と思うかどうかは別として。

わたしから見たら、あり得ない処理スピードで日々をこなしてる人たちなんですよね。そこには自由な中にも自分の時間をしっかりと律することができて、強い想いをもってる

一方で、すぐに自分に負けてしまうわたしは、自由に過ごしてるけど、自由に生きてはないよねってのはすごく思います。

だって「あー、今日もダメなわたしだったー」って後悔しちゃってるもの。もっとこうしたかったのにできなかったって言ってる時点で、不自由よね。

好きなことをして生きる、自由に生きるなんて楽に手に入れられるものじゃない。でも手に入れてる人がいるんだから、わたしにだってできるはず。

結局のところ、自分次第なのですよね。

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