怒られても笑っている子どもに疲れて抱きしめたら泣き出した

次男がまだ保育園児だったころ、私は彼の行動に悩まされていた。

「こちらが怒っているのにニヤニヤと笑う」

小学生の男子がみんなの前で怒られて、バツが悪くてヘラヘラするそれとは違う。

こちらの言葉や思いがなにも届いていないような、そんなヘラヘラとした笑い方を幼い次男はしていた。

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叱り方が弱いから響かないのか?

私が怒っていることが分からないのだろうかと、少し語気を強めてみる。

ヘラヘラ。

さらに口調を強くしてみるけれど、やっぱり次男の顔色はいっこうに変わらない。

今度は逆に優しくさとり利かせるように話しかける。

時間をかけて丁寧に伝えようとしても、それでもやっぱり次男には響かなかった。

当時の私はどうしたらこの子にわかってもらえるのだろう、どう伝えればいいんだろう、とそればかり考えていた。

そして「わからせなければ。もっと強く言わなければ」と怒りすぎていたように思う。

怒りたくないのに怒るストレス

私だってこんなに怒りたくないのだ。

伝えたいことはたいした内容ではない。ただ放っておくわけにはいかないから伝えようとするだけ。

それなのに伝わらないから、怒らなきゃいけなくなる。私だって怒りたくない。

なんだか疲れてきてなにもかもどうでもよくなって、怒っている最中にふぅっと息を吐いた私は次男を抱きしめた。

あぁ疲れちゃった。お母さん、疲れちゃったよ。

ヘラヘラしていた次男が、腕の中で泣き出した。なんだ、伝わってたのか。こう伝えれば良かったのか。

本当は泣きたかったの?

それから次男を叱るときはビシッと伝えたあとに必ず体のどこかを触るようにした。

「分かった?」と優しく頭を撫でたり、抱き寄せたりした。

抱きしめながら話をすると次男は素直に言葉を聞いてくれ、自分の胸の内を話すようになった。

この子は叱られたときに、心のバリアーをぱんっと張るのかもしれない。

壊れないように、壊されないように強く強く。

気が強いといえばそうなのだろうけれど、それを溶かさないと話がはじまらない。

昔話にもあるとおり、溶かすのは北風じゃなくて太陽だった。

小学3年生になった次男は怒られてヘラヘラ笑うことはなくなったけれど、幼い頃のヘラヘラバリヤーは怒りバリヤーに変貌を遂げた。

つまり気が強いという根本性格は変わらない。

彼に何かを伝えようとするのは相変わらず知恵と根気が必要ではあるけれど、腕の中で話をすると今も素直に話ができる。

母はいつまでこの技を使えるのだろう。

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