2人目育児「赤ちゃん返り」とよばない提案。枠にはめなきゃ楽になる

幼児
長男が2歳10ヶ月のとき次男が生まれましたが、私は長男に「赤ちゃん返り」を感じたことがなかったんです。とても幸せな時間でした。
だけどあるとき、機嫌のわるい長男をみて「赤ちゃん返りしてるね」という人がいました。へ?これが?
きっと「赤ちゃん返り」なんて枠にはめないほうがずっと楽にすごせる。
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「赤ちゃん返りしてる?」と聞かれること

次男がうまれたとき「赤ちゃん返りしてる?」ってよく聞かれました。

赤ちゃん返り
きょうだいが生まれるなど、環境の変化によって、今までできていたことができなくなったり、急にわがままをいうようになること

正直、この質問「面倒くさいなー」と思ってました。

長男が、抱っこして!とぐずっただけで「赤ちゃん返りだね」とか。

長男が、イヤイヤをするだけで「赤ちゃん返りしてるね」とか。

 

赤ちゃん返りってなんやねん。

そんな安易な言葉でカテゴライズしないでくれる?

赤ちゃん?この子、毎日めっちゃ頑張ってるし。

それのどこが「赤ちゃん」だと?

 

たかだか数年しか生きていない子どもが、大きな環境の変化に直面しているんですよ。戦ってるんですよ。

それを「赤ちゃん」だなんていうのかわいそう。「赤ちゃん返り」っていう言葉はキライだなぁ

上の子の状況をこう想像してみる

想像してみよう。

今まで、いちばんに愛情を注いでくれていた愛する人が、自分じゃない誰かを大切にするという状況。

大人でも耐えらんないよ。

アカコと私(小説)

愛する夫がある日、アカコをつれてかえってきた。

「今日からこの子も一緒に暮らすね。君のことは大好きだけどアカコも大好きなんだ。みんなで仲良く暮らそうね」

アカコがくることを私は前から聞いていたから、仲良くしようって思ってた。だけど、幸せだった私の状況がこんなにも変わるなんてことは知らなかった。

 

アカコがきてからの夫は変わってしまった。

今まで、料理や掃除をがんばると夫は褒めてくれた。「おいしいね」「すごいね」「よくがんばったね」って。

その言葉が、笑顔がうれしくて、私は一生懸命やってきた。

それなのにアカコのやつ、何もできないし、何もしない。ただ泣いて夫の興味をひいて、何も頑張らなくても夫の腕に抱かれている。

私は?頑張ってる私は?

かなしくてイライラして、私も頑張ることをやめた。今までできていた当たり前のことも「できない」っていってみた。

そうしたらアカコのようにしてもらえると思ったから。

だけど夫はそんな私を怒る。イライラして「自分でやりなさい!」と怒る。

なんで?どうしてアカコはよくて私はだめなの?もう私のことは好きじゃないの?

もうなにもかもイヤになる。辛くて悲しい。

そんな私のこと、夫が「赤ちゃん返り」っていってるのを聞いてしまった。

赤ちゃん?どこが赤ちゃんなの?こんなに頑張ってるのに、なんでそんな風にいうの?

私の寂しさに気づいて欲しい。赤ちゃんじゃないから苦しいんだよ。

上の子の変化は当たり前のこと

「赤ちゃん返り」っていう言葉が、子どもの心の変化をとらえにくくしている原因じゃないかと思うんですよね。

これは「現象」ではないのに。

子どもはひとりひとり、それぞれの葛藤を抱えているのに、このマジックワードによってまるでお決まりコースにはいったかのように錯覚させてしまう。

「赤ちゃん返り」という言葉で解決され、心の内まではいってきてもらえない。

 

想像すること。

 

自分に置き換えて想像してみる。私だったらどうして欲しいかな、こうしてくれたら嬉しいな。

子どもの心を想像してみたら、その頑張りが愛しくてせつなくてたまらなくなります

想像力をはたらかせて子育てを楽に!

子育てを通じて「想像力」が大事と感じる場面って結構あるんですよね。

なんで泣くの、なんで怒るの?

その「なんで」に近づけたとき、すっと解消できたりする。

意外とね「なんとなく」っていうのは少なくて、子ども側にも理由があるんです

ロジカル(論理的)に考えると、なるほどそういうことかとわかったりする。

そう、まずは「赤ちゃん返り」という枠にはめるのをやめることからはじめませんか。

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