子どもの脳死、親は臓器提供の答えをどう出すのか【人魚の眠る家】東野圭吾

「言いたいことがあったら小説でいう」東野圭吾さんのエッセイの中の一文。

彼がこの小説で伝えたかったのは、子どもの臓器提供を否定することでも肯定することでもなく、日本における現実です。

愛する我が子の臓器を提供する親、拒む親、そして臓器を待つ親、それぞれの葛藤や苦しみが描かれています。

私も子を持つ親として、自分に置き換えて考えてみるのだけれど、辛すぎて考えたくもない内容で、登場する親たちの深い愛情と想像を絶する苦痛に胸が苦しくなるばかりでした。

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感想

2010年7月に、改定した臓器移植法が施行されたことにより、家族の承諾があれば15歳未満の子どもの臓器提供が可能になりました。

小さな子どもが臓器提供者となったというニュースを聞くたびに、亡くなったお子さんや親御さんへの想いで胸がいっぱいになります。その決断は、どれだけ苦しかったろう。

ほんの数時間前まで元気だった子どもが突然の事故で脳死状態になる。心臓も動いていて、体も温かいのに死んでいるなんて思えるわけがない。

ふいに目を覚まして、また今までのように愛らしい笑顔を見せてくれるのではないかって、医師から不可能と言われようと、その希望を捨てきれないだろうし。

ましてや、その心臓はまだ動いているのに、臓器を誰かに提供することなんてできるない。

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「私だったらどうするだろう」そんなことを考えながら、少しずつ立ち止まりながら読み進めていったけれど、ただただ辛かった。

眠り続ける娘をあやつり人形のように動かしてまで「娘は生きている」と主張する薫子。けれど狂気さえ感じるその行動を「異常だ」「怖い」なんて言うことはできなかった。

自分だったらそこまではしないかもしれないけど、彼女の気持ちは十分に理解できるから。

「悲劇の母親」から「異常な母親」というレッテルに貼り替えられても、少しのゆらぎもなく娘の生に固執しているように見えた薫子。

だけど、その内では激しく葛藤していたことが分かった。それは狂気の愛ではなく真実の愛で、強い母の愛だった。

それを明らかにするときの東野圭吾は、さすがというばかりで涙腺崩壊だった。

あらすじ

突然の事故

夫の浮気により別居状態にある夫婦、播磨薫子と和昌。離婚は娘・瑞穂の小学校受験が終わってからと決めていた。

その日薫子は子どもたちを実母に預け、面接試験の練習のため塾を訪れていた。久しぶりの夫婦の再会。そこへ不幸を告げる1本の電話がはいる。

「瑞穂がプールで溺れた」

病院に駆けつけた夫婦が見たのは、様々なチューブで繋がれた娘の姿だった。「止まっていた心臓は動き出したが、脳は機能していない」と医師は告げた。

泣き崩れる薫子。現実を受け入れる間も無く「臓器提供」の意思が確認される。

娘は生きている

元気だった頃の瑞穂とのやりとりを思い出す。

あの子は「誰かの幸せ」を願う優しい子だった。もしあの子に意思を確認できたなら「誰かのためになりたい」って言うのかもしれない。

医師に臓器提供の意思を告げ、最後のお別れをする。温かなその手を握ったとき、薫子は瑞穂の手がぴくりと動いたように感じた。まさか。

「娘は生きています!臓器提供は拒否します」

そこから薫子の長い戦いがはじまる。

どんな手を尽くしてでも

人工呼吸器など様々な機器につながれて、瑞穂は生かされている。

そんな姿を見て、和昌はいずれ娘の死を受け入れなければいけないと覚悟するが、薫子は違った。彼女は娘が目覚めることを少しも諦めていない。

多額の費用を投じて、最新の科学技術を娘に施した。寝たきりの人間に施しても意味がないと科学者たちは言うが、そんなことは関係なかった。

眠ったままの瑞穂の四肢を電気信号によって動かす。それは他者にはからくり人形のような不気味さだったが、薫子には喜びだった。

お姉ちゃんは死んでるんだよ

瑞穂の弟・生人は、姉は「眠る病気」だと聞かされてきた。

「お姉ちゃんは眠っているだけ」そんな当たり前が狂いだしたのは、彼の小学校の入学式に瑞穂を参列させたことだった。

同級生からの指摘に生人ははじめて姉が「普通ではない」ことを知った。母への疑心や他人から姉の存在を否定された悔しさで、深く傷ついていた。

「お姉ちゃんはとっくの昔に死んでるのに、ママが生きてることにしてるだけなんでしょ」

振り絞るように放った生人の言葉。薫子はそのときはじめて息子の痛みを知り愕然とするが、それでもやはり「娘は生きている」のだった。

生きていることを証明したい。薫子の瑞穂への愛情はさらに狂気に満ちていく。

15歳未満の臓器移植の問題

15歳未満の臓器提供が認められたとはいえ、日本ではあまり進んでないと言います。作中ではそういった現状への問題提起などもされています。

ただ「広まっていないことが問題だ」というわけじゃなく、提供する側される側を描くことで、その難しい問題を自分の身に置き換えて考えるきっかけが与えられる。

また、登場する家族には、2015年1月の6歳未満の臓器提供を思い起こさせるストーリーもありました。

「自分たちも待っている側だったから」と、6歳の娘の臓器を提供するという決断をしたご両親のこと。日本で小児用の人工心肺が承認されるきっかけとなりました。

フィクションの小説でありながらノンフィクションの要素も多く含んでおり、読了後も考えさせられる小説でした。

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コメント

  1. ukilucky34 より:

    本・・・読んでみたいけど、怖い。
    自分だったらどうするだろうか・・・・
    以前海外で、無脳症で生まれた子供の臓器を提供したご夫婦が居たと聞きました。
    「この子が産まれてきた意味ができるから」と。。。(;_;)
    私だったら・・・・の考えに答えは出そうにありません。

  2. achi-a より:

    ウキこ (id:ukilucky34)さん、コメントありがとうございます。
    そう、かなり辛いです。私も「無理だ、無理だ」と頭の中でぐるぐるしてました。
    でも知らなかったことを知るきっかけになったし、こういう現実があるんだと向き合わされます。