義母の子育てアドバイスに反論!子どもの人生は親のものじゃない

夫は2人兄弟の次男です。義兄は義父母と二世帯同居しており、弟である夫は徒歩30秒ほどの距離に住んでいる、いわゆる近居。

私たちの住まいは義父母の意向で決まりました。土地を頂けたのは感謝すべきことですが、手出し・口出しが半端なくて辟易したのも事実です。

2人の息子を近くに住まわせること、それは義父母の思惑通りだったのです。

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 義母からのアドバイス

結婚したはじめこそいろいろありましたが、今では良好な関係を築いている嫁と姑です。顔を合わせれば、会話を楽しんだりもしています。

会話の内容はもっぱら子どもたちのこと。孫の話を耳にすると、義母はいつも嬉しそうな顔をしています。ある日、ひとしきり私の話を聞いた後に義母が口を開きました。

「子どもたちが出て行かないように育てなさいよ」

どういう意味? 理解できずに聞き返した私に、義母は繰り返します。

「子どもたちが将来ここを出て行かないようにちゃんと育てないと」

なるほど。息子2人を近くに住まわせているのは義母の思惑通りだったんですね。農家ですから、家を継ぐという思いはサラリーマン家庭のそれとは違うでしょう。

でも「出て行かないように育てる」という言葉に薄ら寒いものを感じてしまいました。

子どもの人生は子どものもの

あまりの衝撃に、思わず反論してしまう次男嫁。

「私はむしろ出て行って欲しいと思ってます。いろんな経験をして欲しい」

義母は理解できないという表情で「そうはいっても大人だけで生活するは寂しい。子どもを出したらあかん」と繰り返しました。

夫に土地を当てがったのは、自分たちのためだったのか。そうやって夫もお義兄さんも親が敷いたレールの上をただ歩いてきたんだな。そう思うと胸にざらざらする思いがこみ上げました。

「子どもたちの人生だから、思うように生きてくれたらそれでいい」

私の言葉に顔しかめる義母。私が義母の考えに不快感を感じたように、義母もまた私の考え方に不快感を示したのでしょう。

子どもの人生は親のため?

そういえば義父も前に言っていたことがありました。「〇〇(ご近所さん)の息子は東大に行って、東京で働いて帰ってこない。あんなやつは東大いってもただのあほや!」と。

義父母の言ういい子どもとは、親の近くで暮らすということです。それ以上でもそれ以下でもありません。だから義兄も夫もこうやって義父母の近くに住み続けているのです。義父母の子育ては、成功したということでしょうか。

子どものレールを敷き続ける

今、義母は毎朝4時に起きて義兄のお弁当を作っています。義兄夫婦の関係は破綻しているうえ、夫婦は子どもたちに重きをおかないため、孫たちの世話はずっと義父母がしてきました。生活面でも金銭面でも。

義兄は相変わらず親の敷いたレールを歩いているように見えます。親が見た景色を息子に伝えると、息子は実際には見ていないその景色を、あたかも見たかのように錯覚する。親の世界に染まっていく。

しかしそのレールは「子どもとして」のものでした。「夫として」や「親として」のレールは用意されていなかった。自分ではどうしていいかわからないのです。「あいつは頼りない、情けない」と義父は言いますが、そうさせたのは誰なんでしょう。

親として至らない息子のために、義父母はせっせと孫のレールも敷いています。「ここから出て行かないように」義母は内孫たちにそう言い聞かせていると言いました。

レールがなくなったらどうするの?

義兄だけではありません。私の夫もまた、自分で考えて行動を起こすことが苦手です。子どもの頃から主導権は親にあり、それに違和感を感じていないようでした。

敷かれたレールの上をずっと歩いてきた人は、レールがないと歩けません。そして親はいつまでも子どものレールを敷き続けられません。ある日突然、レールがなくなったらどうやって生きていくというのでしょうか。

親のつとめはレールを敷くことでない、というのは明らかなのです。

私も子どもをもち、レールを敷きたくなる親の気持ちも分からないではない。子どもが巣立ったあとのその寂しさも想像できる。

でも子どもの人生は、お腹の中に命が生まれた時点でもうはじまっているのです。

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